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熊本地方裁判所 平成7年(行ウ)8号 判決

原告

竹部正徳

長島與一

右原告ら訴訟代理人弁護士

河津和明

國武優治

被告

岡部鷹司

右訴訟代理人弁護士

冨永清美

主文

一  被告は、御所浦町に対し、金四四六〇円及びこれに対する平成七年九月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨。

第二  事案の概要

一  本件は、熊本県天草郡御所浦町の住民である原告らが、同町に代位して、同町長である被告に対し、被告が同町から支給された船運賃についてその違法支給を理由に損害賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  原告らは、いずれも熊本県天草郡御所浦町の住民であり、被告は同町長である。

2  被告は、御所浦町長として、平成七年六月一三日から遡って過去一年間、水俣市経路一回、本渡市経路五回の公務出張(以下「本件出張」という。)をした際、訴外南国海運株式会社から予め被告が交付を受けていた無料パス(以下「無料パス」という。)を使用して船運賃の支払をしなかったが、同町から本件出張の船運賃として水俣市経路一回分七六〇円、本渡市経路五回分三七〇〇円合計四四六〇円を支給するとともにその支給を受けた(以下「本件支給」という。)。

3  原告らは、平成七年六月一三日、御所浦町監査委員に対し、右金員等を返還させる措置等を求めたが、右監査委員は、前項の無料パスの利用及び本件支給を認めながら、返還の必要はないとの判断を示した。

4  御所浦町の町長等の給与及び旅費に関する条例(昭和三九年三月二三日条例第一〇号。以下「町長等の条例」という。)五条は、「町長等には、旅費を支給する。旅費の種類及び額は、別表第二による」と、また、その別表第二は、船運賃について「一等実費(一等のないときは二等実費)」と定めている。

三  争点

本件支給が違法か否か。

1  原告らの主張

(一) 前記のように町長等の条例五条及び別表第二は町長に支給する船運賃は実費支給と定めているのに対し、被告は本件出張に際して船運賃を何ら支払っていないから、本件支給は、違法といわなければならない。

(二) 御所浦町職員等の旅費に関する条例(昭和二八年六月一五日条例第一号。以下「職員等の条例」という。)六条三項が「船賃は、水路旅行について路程に応じ旅客運賃等により支給する」と規定しているのは、まさに、旅客運賃が必要な場合に旅費を支給することを定めたものであり、船賃が無料であれば支給する必要がないことを規定しているものであることは明らかである。職員等の条例が規定する定額主義は、実際に使用した旅費が支給額より多くても定額を支給するものであるが、実際の使用額が少ない場合は定額を支給するものではない。このことは、公用の乗物を使用した場合に交通費を支給すべきでなく、現実に官公庁において公用の乗物を使用した場合に旅費の支給がなされていないことからも理解できることである。本件出張の場合も無料パスを使用する部分の旅費は無料パス使用ということで計算すべきでなく、また、無料パスを使用した部分の旅費を返還すべきは当然であるから、本件支給の違法は、明白である。

また、職員等の条例七条が「旅費は、最も経済的な通常の経路及び方法により旅行した場合の旅費により計算する」と規定しているのは、複数交通機関や複数経路があっても最も経済的な経路、方法による旅費の支給を定めたもので、旅費が不要であった場合にも通常の旅費を支給することを定めたものではなく、定額主義というのはこのように理解すべきである。そして、職員等の条例二六条が旅費の調整として「不当に旅費の実額をこえて支給することとなる場合には、…旅費の全部又は一部を支給しないことができる」旨定めているのは、右に述べた趣旨を明文化しているものと解され、「支給しないことができる」としているのは、支給しないことが実情にあわないこともありうることを考慮して旅行命令権者に支給の可否について裁量権を与えているにすぎないものである。したがって、支給しないことが不合理でない場合に右裁量権を濫用して旅費の支給をすることは許されないところ、被告は御所浦町長として本件出張の旅行命令権者本人であり、その被告自身が無料パスを使用して旅費の使用がないにもかかわらず本件支給を受けたことは、職員等の条例の右規定に明らかに反し、右裁量権の濫用といわなければならない。

(三) なお、本件支給は違法であり、被告がもらうべきでない旅費を返還するにすぎないから、何ら公職選挙法一九九条の二第一項所定の寄附行為には当たらない。

2  被告の主張

(一) 町長等の条例六条は、「この条例に規定するものを除くほか、町長等の給与及び旅費の支給については、一般職の職員の例による」と規定し、御所浦町の一般職の職員に適用される職員等の条例は、その六条三項において「船賃は、水路旅行について路程に応じ旅客運賃等により支給する」と、また、その七条において「旅費は、最も経済的な通常の経路及び方法により旅行した場合の旅費により計算する」とそれぞれ規定して定額主義を採用している。ところで、公務員等の出張において支給される旅費は、その旅行中の費用を償うための費用弁償として支給されるものであるから、本来その旅行の実費を支給することが望ましいわけであるが、この実費主義を採用すると、証拠書類の発給、領収及び確認等に要する事務量が増加し、その結果、会計手続が煩雑となって人員増等につながりかねないことになる。そこで、職員等の条例は、右のように旅行の実費そのものを支給することを避け、最も経済的な通常の経路及び方法により旅行した場合の標準的な実費額を基礎として算定支給する定額主義を採用したものである。このように、職員等の条例は、定額主義を採用している以上、実際の旅費額が同支給額と異なる場合が生ずることは当然のこととして容認しているものであって、実際の旅費額が同支給額より多くても、また、少なくても前記「最も経済的な通常の経路及び方法により旅行した場合の旅費により計算」した一定額を一律に支給することによって解決することにしているものと解すべきである。したがって、被告が御所浦町長として公務のために出張する場合に、その行程の一部において定期旅客船を利用し、その際、たまたま、被告が船会社から支給されていた無料パスを使用して、その船運賃が無償となったとしても、前記定額主義の趣旨からいって、実際の旅費額と支給額とが相違する結果になることは職員等の条例が当初から容認しているところであって、その船運賃をも含んだところの職員等の条例で定められた定額の旅費が支給されるべきであり、当該船運賃に関する旅費部分が控除されるべきではない。そして、極端に実際の旅費額と支給額とが相違する場合には、これを調整することが必要となるので、そのために、職員等の条例二六条は、例外規定として「旅費の調整」に関する規定を設けて定額主義の建前をとりながら個々の事例についてできるだけ旅行の実態に即した旅費に近づけようとしているのである。

また、前記のように被告が無料パスを利用したのは本件出張における行程の一部であり、当該船運賃もその旅費の一部でしかないのであるから、たまたまそれが無償であったことを理由として本件支給を違法であると主張することは法令の解釈を誤るものであり、本件出張の全行程の旅費全部を勘案して判断すべきである。したがって、原告らが本訴において問題とする船運賃は、前述のように本件出張の旅費の一部であって、しかも、水俣市経路分は一回七六〇円、本渡市経路分は一回七四〇円という低額でしかなく、これらを支給したとしても到底職員等の条例二六条一項の「不当に旅費の実額をこえて支給することとなる場合」には該当しないと解すべきであり、原告らの主張のような裁量権濫用の問題は発生しない。仮に、本件支給が右「不当に旅費の実額をこえて支給することとなる場合」に該当するとしても、職員等の条例二六条一項は、「その実額をこえることとなる部分の旅費について、旅費の全部又は一部を支給しないことができる。」と規定して、前記定額主義の趣旨を貫き、「この条例又は旅費に関する法令、その他の規程による旅費」をそのまま支給することを原則とし、例外的に、「旅費の全部又は一部を支給しない」こととすることを「旅行命令権者」の裁量に任せているものと解すべきであるから、本件支給は右裁量権の行使として適法である。

さらに、職員等の条例及び町長等の条例には、本件のように無料パスの交付を受けている者の旅費支給額を制限する旨の規定は存在しない。

以上の理由から、被告が本件出張において無料パスを使用したとしても、御所浦町は被告に対して前記各条例に定められた船運賃に相当する旅費を含む定額の旅費を支給すべきであり、本件支給は、何ら違法ではない。

(二) 仮に、被告が無料パスを使用したことを理由に本件支給を受けずにこれを御所浦町に対して返上するとすれば、それは公職選挙法一九九条の二第一項所定の寄附行為に当たるものと解される。したがって、御所浦町は被告に対して前記各条例に定められた定額の旅費を支給すべきであるから、本件支給は、適法である。

第三  争点に対する判断

一  前記のとおり、町長等の条例五条は、「町長等には、旅費を支給する。旅費の種類及び額は、別表第二による」と定め、その別表第二は、船運賃について「一等実費(一等のないときは二等実費)」と定めるほか、航空賃、鉄道運賃及び車賃についても「実費」と定める一方、日当(一日につき)については県内一八〇〇円、県外二〇〇〇円、宿泊料(一夜につき)については県内一〇五〇〇円、県外一一〇〇〇円と定額支給を定めている。このような町長等の条例五条及び別表第二の規定の仕方からすると、御所浦町長が出張の際に支給される旅費の種類としての船運賃は、定額支給ではなく実費支給、すなわちその字義どおりに実際に要した費用が支給されるものと解するのが相当である。

ところで、被告は、御所浦町において、町長等の条例六条により町長の船運賃についても定額支給を定めた職員等の条例六条三項が適用されることを前提にるると主張する。しかし、町長等の条例六条は、町長等の条例に規定するものを除くほか、町長等の旅費等の支給については一般職の職員の例による旨規定するところ、同条例には右のように船運賃について実費支給の規定がある以上、町長の旅費の種類としての船運賃について職員等の条例を適用する余地は全くないものといわなければならない。また、右町長等の条例五条及び別表第二の規定の仕方からすると、船運賃について実費がないときは船運賃のみを支給の対象外としで支給しないことも何ら妨げられないと解される。そして、多数の職員を対象とする旅費支給手続において実費主義にかえて定額主義を採用することに被告主張のような合理性を認めることができるが、町長のように一人の者を対象とする旅費支給手続においては、実費主義を採用しても定額主義採用の実質的理由となる事務量の増加や人員増等という問題には直ちにつながらないから、被告主張のような定額主義採用の実質的理由はそのまま妥当しないことになる。

いずれにしても、御所浦町長たる被告には町長等の条例五条及び別表第二の定めに従ってその旅費が支給されなければならず、これに反した支給は、違法といわなければならない。これに反する被告の主張は、到底採用できない。

そうすると、前記争いのない事実によれば、被告は本件出張において無料パスを利用して船運賃を実際に要しなかったのであるから、本件支給は、町長等の条例五条及び別表第二の定めに反する違法な支給といわざるを得ず、その結果、御所浦町長として本件支給に関与した被告は、本件支給の合計四四六〇円を御所浦町に賠償すべき義務を負っていることになる。

二  なお、被告は、本件支給を受けずにこれを御所浦町に返還するとすれば公職選挙法一九九条の二第一項所定の寄付行為に当たる旨主張する。しかし、本件において問題になっているのは、御所浦町長たる被告が本件支給をし、また、本件支給を受けたことが違法か否かであり、その意味で被告の同町に対する本件支給の返還が右所定の寄付行為に当たらないことは明白であるから、被告の右主張は、それ自体失当である。

三  よって、原告らの請求は、理由があるからこれを認容する。

(裁判長裁判官中山弘幸 裁判官小田幸生 裁判官伊東譲二)

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